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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1399号 判決 1983年9月20日

控訴人 日本国有鉄道

右代表者総裁 髙木文雄

右訴訟代理人弁護士 森本寛美

井関浩

水口敞

右代理人 関場大資

<ほか九名>

被控訴人 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 石川實

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 忽邦隆治

伊東すみ子

藤井郁也

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に付加又は訂正するほかは、原判決事実摘示「第二 当事者の主張」と同一であるから、これを引用する。

(原判決の訂正等)

1  原判決七枚目裏二行目の「被告は」の次に「鉄道営業法第一三条第一項・民法第四一六条又は」を加える。

2  同一一枚目裏七行目及び一二枚目裏二行目の各「公社債券」を「公・社債券」に改める。

3  同二八枚目表初行の「横内某」を「横内晃」に改める。

4  同添付運送品目録(二)は、全八枚が一枚目から八枚目まで順序が逆に綴られているので、これを訂正する。

(控訴代理人の当審における主張)

1  そもそも運送業は、物品運送についていうならば、その事業の性質上、大量の生産材・消費材等の運送品を頻繁に運送するものであり、その運送賃は商品の価格形成に相当の影響を与えるという高度の公共性を有する事業であるから、運送賃はできるだけ低廉であることが要請される。従って、商法の運送人は、各種の運送品につきその種類に応じて一律の取扱いをなすことを要し、他方その責任も通常損害に限定することが必要とされ(商法第五八〇条)、それが企業の保護を導き、そのことが安定した国家経済の維持の上から、必要なことといわなければならない。ところで、鉄道は、次の諸点において他の運送機関と別異の性格を有するため、一般法規である商法及び民法のみをもってしては到底これを規律することはできず、特別法たる鉄道営業法、鉄道運輸規程その他を設けて規制しているのである。即ち、第一に、鉄道運送は公共性が他の運送機関より一段と高い。第二に、鉄道運送の場合は、一般の運送人の場合以上に大量の荷物を輸送するので、その迅速性・敏速性と共に、その定型性・一律性が強く要請される。第三に、運送賃の低廉化である。

以上に述べた如く、鉄道運送は、一般の運送業に比べて右のような特異な性質をもつものであるから、同じく、運送人の責任を検討するについても、前述の諸点を十分考慮すべきである。そして、以上指摘した諸特性からの当然の帰結として、次の諸点を本件の基本的な視点として、指摘しておきたい。第一に、控訴人の行う鉄道運送事業は、有償による営利事業ではあるが、一般民間企業のように企業それ自体やその株主の利益のために事業を行うのではなく、実質的には多数の荷主や国民大衆のために奉仕するものである。第二に、本件のように極めて低廉な料金により巨額の賠償金の支払を要求されることは、結局は他の荷主や国民大衆の負担に帰し、極めて不当な帰着となることである。第三に、低廉な運送賃は、運送サービスの内容とも相関関係にあると考えるべきことは、法律的にも経済的にも当然の事理である。もし、本件のような事故を完全に防止しようとするなら、見張りのための警備要員を更に相当数配置する必要があるが、赤字経営による要員合理化が厳しく要請されていることは周知のとおりであり、本件のような要員配置は、この状況下においてやむを得ないところである。第四に、被控訴人らの実質的被害者性について、強い疑問がある。即ち、本件の荷送人は、要償額表示制度を利用せず、通常料金によって、本件の如き高価品の運送を委託し運送上の危険に対しては、被控訴人らと保険契約を締結したという。もし、荷送人が要償額表示制度を利用していたなら、鉄道は、その表示額を支払うのは当然であり、又その金額を第三者に求償する由もない。しかるに、荷送人は、被控訴人らに対し付保し、その保険金を得たものであるところ、被控訴人らは、保険代位制度によって、控訴人に対し賠償金の支払いを求めている。控訴人としては、以上の点に非常に不満を感ずるとともに、これを裏返して考えると、被控訴人らには実質的な被害者性はまことに乏しいことに気付く。

これらのことを前提とする以上、要償額表示制度を利用しない荷送人の関係では、重過失を原判決のように非常に安易に認定し、運送人の責任範囲を拡げることの不公正さには、著しいものがあるといわなければならない。

2  株券等の有価証券は証券に権利を化体することにより、権利に高度の流通性を与えるものであり、証券の所在と権利の所在は通常一致するものである。しかし、証券が窃取せられたものであるときは、証券の不法領得者が権利を取得することはなく、また、被害者が証券上の権利を失うこともない。ただ、この者から善意無過失で取得した者が現われた場合だけが例外である。従って、有価証券を鉄道に運送委託した者が鉄道に対し、その過失によって証券が盗取せられたことを理由として、損害賠償請求をする場合、填補を請求しうる損害は、当該証券を回復するために要する費用にとどまるのが原則である。これにより進んで証券上の権利そのものの価値の賠償を求めるには、証券が不法領得者から譲渡されて善意で重大な過失のない第三者の手中に帰して善意取得されてしまったという法律上の権利喪失事由、又は証券が紛失ないし転々して所在不明になったとか、焼失したとか、汚損等により一片の反故紙と化したとか、あるいは、所持を失っている間に証券が全く無価値になったとかいう事実上の権利喪失事由の主張立証がなされねばならない。即ち、仮に鉄道営業法第一三条により本件有価証券が滅失したものとみなされるとしても、それにより証券上に表章されている権利までも当然に喪失してしまうものではないから、これにより直ちに権利そのものの喪失による損害の賠償を請求することはできない。

三  《証拠関係省略》

理由

一  当裁判所の判断は、次項以下に説示し、次に付加、訂正、又は削除するほかは、原判決理由説示一ないし八(原判決三四枚目表二行目から五四枚目裏一〇行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三四枚目裏初行の「特別」を「特別法」に、同行の「鉄道運輸規定」を「鉄道運輸規程」にそれぞれ改める。

2  同三五枚目表二行目の「さて措き」から三行目の「ところである」までを「当事者間に争いがあるが、いずれであったとしても以下の認定に影響を与えないので、その判断は暫く措く」に改める。

3  同三六枚目表三行目の「次段」を「次項」に改め、一〇行目の「おいても、」の次に「鉄道営業法第一一条ノ二第三項により」を加え(る。)《証拠関係省略》

4  同三八枚目裏六行目の「両側」の次に「及び上面」を加える。

5  同三九枚目表七行目の「種んで」を「積んで」に改める。

6  同四〇枚目表八行目末尾の次に「そして、《証拠省略》によれば、昭和四二年及び昭和四三年中に本件盗難事故と同一手口の国鉄駅構内における証券盗難事故が六件あり、うち一件は名古屋駅構内で発生し、昭和四七年二月には金沢駅構内で同一手口の証券盗難事故があったこと、控訴人名古屋鉄道管理局ないし名古屋駅の小荷物担当の管理職においては、右金沢駅構内の事故発生後、前記各事故の発生に鑑み、貴重品扱いの小荷物の管理を強化して盗難事故の発生を防止しようとしていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。」を、同裏四行目の「いうべきである」の次に「。特に、前記金沢駅構内の事故発生後は、同一手口の盗難事故の続発が予想されたのであるから一般乗客が自由に立ち入りできるプラットホームで貴重品扱いの小荷物の積込作業をするときは、貴重品扱いの小荷物は、積込みまでは金網を掛ける等して、密閉できる構造の手押車に積載したうえで監視し、また、貴重品扱いの小荷物を右のような構造の手押車に積載できない場合及び積込みの際は、当該小荷物を積載した手押車を監視者の視野内に置いて注目監視し不審者の小荷物への接近を警戒して、小荷物の抜き取りを防ぐべき義務があるというべきである。」をそれぞれ加え、同裏四行目の「(証人」から末行の「認められる。)。」までを削る。

7  同四一枚目裏四行目冒頭に「金網を掛ける等して密閉できる構造の手押車に本件運送品を積載するか、又は、」を加え、八行目の「あって、このような自己の仕事に対する」を「ある。従って、密閉できる構造の手押車を設備することを怠った控訴人名古屋駅の小荷物担当の管理職(密閉できる構造の手押車を設備することがたやすく可能なことは、《証拠省略》により本件盗難事故後に名古屋駅に右のような構造の手押車が二台設備されたことが認められることから、推認できる。)及び貴重品小荷物を取扱う担当者としての」に改める。

8  同四二枚目表五行目の「そらせた」を「そらさせた」に改め、同裏四行目の「服することなく」の次に「(鉄道営業法第一一条ノ二第三項)、同法第一三条第一項・民法第四一六条に基づき」を、六行目の「いうべきである」の次に「(商法第五八一条が適用されると解しても、同様である。)」を、末行の「証言」の次に「及び弁論の全趣旨」をそれぞれ加える。

9  同四三枚目表二行目の「よれば」を「弁論の全趣旨を合わせれば」に、同行の「公社債権」を「公・社債券」にそれぞれ改め、同裏九行目の「弁論の全趣旨」の次に「(当審における弁論の全趣旨を含む。)」を加え、末行の「大阪高等裁判所」を「最高裁判所」に改める。

10  同四四枚目表三行目の「においては」から八行目の「認められず」までを「は本件盗難事故後一〇年余を経てその決着が付かず、その間、控訴人、新日本証券、被控訴人らのいずれも目録(一)及び(三)記載の有価証券の占有を取得したことはないことが認められ」に改める。

11  同四五枚目裏初行の「立証のない」を「事情の認められない」に改める。

12  同四六枚目表三行目の「一一九」の次に「、原審証人蛇川小彌太の証言により成立を認めうる甲第二七号証」を加え、五行目の「一〇月三〇日及び同月三一日」を「一〇月二五日から二七日」に改め、六行目の「買付け、」の次に「同月三〇日及び三一日に」を加え、七・八行目の「九七万八六一八円」を「九八万二五七八円」に、八・九行目の「六四六〇万六九九〇円」を「六四六〇万三〇三〇円」にそれぞれ改め、同裏初行の「その株券」から四行目の「これを」までを削り、五行目末尾の次に「なお、控訴人は、商法第五八〇条により、本件運送品の滅失の場合に運送人が賠償すべき損害の額は運送品の引渡しがなされるべき日(昭和四七年一〇月二三日)における到達地の価格によるべきであると主張しているが、商法五八〇条は適用されないので、右主張は採用できない。」を加え、八行目の「よれば」を「弁論の全趣旨を合わせれば」に、八・九行目の「公社債券」を「公・社債券」にそれぞれ改める。

13  同四七枚目表五行目の「い〇一・三五七五三」を「い〇一〇三五七五三」に改め(る。)《証拠関係省略》

14  同四八枚目表二行目冒頭から八行目末尾までを「。右支出は、滅失した有価証券中に証券取引所において売買が成立したものが含まれていれば、通常発生することが予測可能なものであるから、本件有価証券と相当因果関係にある損害というべきである。」に九・一〇行目の「証人蛇川小彌太の証言」を「弁論の全趣旨」に、同裏二行目の「損害を填補する」を「ために名義書替をする」にそれぞれ改める。

15  同四九枚目表九行目末尾の次に「なお、公示催告手続により除権判決を得ることができれば、顧客は株式配当及び現金配当を受けることが可能であるが、公示催告手続等に要する費用と右配当の株式数・金額を勘案すれば、配当を受けるために公示催告の申立てをすることが適切でないことは、明らかである。」を加え、一〇・一一行目の「五の2、3及び5」を「五の2ないし5」に、末行の「七九三七万二〇三七円」を「七九四八万六七七七円」に、同裏八行目の「故意」を「悪意」にそれぞれ改める。

16  同五〇枚目表三行目の「採用できない」の次に「(商法五八一条が適用されると解しても、同様である。)」を加え(る。)《証拠関係省略》

17  同五一枚目表三行目の「原告ら」を「幹事会社である被控訴人東京海上」に、同裏八行目の「反覆」を「反復」にそれぞれ改める。

18  同五二枚目裏一〇行目の「第一〇条一条」を「第一〇条第一項」に改める。

19  同五三枚目裏初行の「本件運送保険契約」から五四枚目表八行目末尾までを「そこで、保険代位について判断する。《証拠省略》によれば、被控訴人らは昭和四七年一一月二〇日新日本証券に対し、本件運送品がすべて盗取されたとして、原判決事実摘示第二、一9(一)記載のとおりにその引受割合により各自保険金を支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。従って、被控訴人らは、商法第六六二条第一項により、新日本証券が控訴人に対して有する本件運送品についての損害賠償請求権を保険代位して取得し、右引受割合に応じて分有するものである。なお、商法第六六二条第一項の適用に際しては、本件運送契約の趣旨から本件運送品を構成する個々の有価証券毎に保険金の支払及び保険代位の可否を考慮する必要はないと解され、本件運送品全部について一括して保険金の支払及び保険代位の可否を論ずれば足りるものである。」に改める。

20  同五四枚目表一〇行目の「七九三七万二〇三七円」を「七九四八万六七七七円」に改める。

二  当審に提出された証拠は、いずれも前項の認定に影響を与えるものではない。

三  控訴代理人の当審における主張1は、鉄道運賃の特質に関する部分は是認しえないものでもないが、前々項の当裁判所の判断は重過失を安易に認定したものでも、運送人の責任範囲を不公正に拡げたものでもないので、結局、採用することはできない。また、控訴代理人の当審における主張2は、前々項に説示したとおり有価証券が窃取された場合は権利者がこれを確実に回復できるなどの特段の事情のない限り原則として権利を喪失したものとしてその損害を算出しうるものと解すべきであるから、採用することはできない。

四  してみれば、被控訴人らが引受割合に応じて取得した新日本証券の控訴人に対する損害賠償請求権は、被控訴人東京海上が四二九二万二八五九円(円未満切捨て。以下同じ。)、被控訴人日動火災が一八二八万一九五八円、被控訴人日産火災が七九四万八六七七円、被控訴人共栄火災が七一五万三八〇九円、被控訴人安田火災が三一七万九四七一円であり、本訴請求は、被控訴人それぞれについて右各金額及び右各金額に対する訴状送達の翌日である昭和四九年五月一二日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で認容し、その余は理由がないから棄却すべきものであるところ、原判決は右範囲よりやや狭く認容しているものである。

よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 下郡山信夫 大島崇志 裁判長裁判官倉田卓次は、退官につき、署名捺印することができない。裁判官 下郡山信夫)

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